投稿情報: 16:31 カテゴリー: み | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)
私の様な、TV番オリジナル「スパイ大作戦」で育った世代は
あのタンタ・タンタンというテーマ曲が掛かった瞬間に、
条件反射が起こり、体中からアドレナリンが分泌されて臨戦態勢
になってしまいます。ホント!これは歴史に残る名曲ですワ。
映画版「ミッション・インポッシブル」も3まで来ると、
いよいよアクションも人間が考え付く究極まで来たと思われます。
これ以上になるとSFの世界に入ってしまう。
こんな激しく危険なアクションを、世界一のハリウッドスター
(トム・クルーズ)がスタントを使わず、自分でやったとの由、
あの(故スティーブ・マックイン)も、いよいよ危険なシーンは
スタントに任せたというのに、トムは自分でやり遂げた。
さらに自分を追い込むために、なんとヒロイン新妻役には実生活
の婚約者(ケイティ・ホームズ)になんとなく似ている女性を抜擢
したと思います。
T・クルーズさんは今や大製作者でありスポンサーでもある。
今までも、二コール・キッドマンを「デイズofサンダー」に抜擢し、
ベネロペ・クルスは映画「バニラ・スカイ」ごと権利丸買いして
しまった人だ。ケイティーも妊娠したので起用しなかったと疑う
ほど公私混同の帝王ですものネ。
ケイティーに似た妻を救うため、命を惜しまず、とても役柄とは
思えないほど力が入っていました。上海の超高層ビルから超高層
ビルへの振り子渡り(まるでスパイダーマン)に腰を抜かしました。
部下役(ジョナサン・リス・マイヤーズ)がいいですネ
エルビス、マッチポイントと着実に成長してます。
いやはや怪優(フィリップ・シーモア・ホフマン)の悪党振りに
脱帽、イーサン(T・クルーズ)の弱点(情け深さ)に付込んで
苦しめること苦しめること、憎たらしさ100倍、彼!こんな役
もやれるんだと驚いた。
以下 ネタバレ ご注意を!
それにしても、わざわざ家庭を持ちたいと引退していた
イーサンを現場復帰させた黒幕の真意(深慮すぎて墓穴を掘った)
が判りませんナ?
投稿情報: 22:32 カテゴリー: 2006見た映画, み | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)
M:I-1,M:I-2(ミッション・インポッシブル1&2)を観て、
心の奥でジ~~ッと思っていたのですが、
心の赴くまま、一言述べることお許し下さい。今回長いですゾ・・
私は1966年からテレビシリーズとなった「スパイ大作戦=原題ミッション
インポッシブル」の筋金入りのファンだったのです。
1級品のドラマなのにどういう訳かいつも深夜番組?でした。
何ゆえ、この作品が好きだったのか、それは、いわゆる多くの
「スパイ-アクションもの」とは根本的に異なったコンセプトを持った
作品であったからです。
当時のスパイものの主流は「007」を中心にして、アクロバット的
アクションと派手な銃撃戦、そしてラブシーンサービスが売り物でした。
その手のものでは「ナポレオン・ソロ」「アイ・スパイ」そして「電撃
フリント」などがありました。
「スパイ大作戦」はそんな中で異彩を華っていたのです。
カーアクション無し、人殺し無し、ラブサービス無し、正にプロ中の
プロの技、つまり変装と声マネ、幻覚剤、最新メカニックを駆使して
敵を騙しトリックに掛けて自滅させるのが定石のドラマだったのです。
派手なアクション無しでも十分エキサイト満足させられたものでした。
さて(トム・クルーズ)もこの番組の大ファンだったとのこと、
大スターの彼が製作& 主演して、それを再現したかったのは理解できますが、
スパイ大作戦の「敵を殺さず、だまして、任務を果たす」という
大人のプロスパイの概念をすっかり捨て去ってしまったのです。
見せ場はT・クルーズのための独壇場ばかり、スパイ大作戦の面白さは
本来プロフェッショナル達の集団ドラマだったはずです。
マーチン・ランドウの変装、シナモン=バーバラ・ベインの色仕掛け、
ウイリーの力仕事、バーニーのメカニック、そしてピーター・クレブスの
作戦計画などなど・・彼らに相当する人は誰もいない・・
映画興行としては、今の見せ場映画でよいのだろうが、勝手に概念まで
変えられては困りものだ。007と対極にあった「スパイ大作戦=ミッション・
インポシブル」を007とアクションを競うなどとは許されない事なのです。
我々かたくなな「スパイ大作戦ファン」に対してM:Ⅰ&2の映画の最初に
コトワルのが礼儀ではないか!
[この映画は題名と主題曲だけチョット拝借しただけですスミマセン・]と
かたくなな仲間おられましたら、ご意見を・・
投稿情報: 22:16 カテゴリー: 2000 見た映画, み | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)
投稿情報: 17:12 カテゴリー: み | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)
最近邦画結構がんばってる。
本当ですネ 邦画、とりわけ時代劇ががんばっています。
「たそがれ清兵衛」に引続き、この「壬生義士伝」もすばらしかった。
それも、かなりレベルの高い秀作と思います。
「壬生義士伝」は「その後の、たそがれ清兵衛」と言っても過言でない、
共通した内容と風味です。そこで両者比較してみました。
題名 壬生義士伝( みぶぎしでん) たそがれ清兵衛
時代 幕末1865~1868鳥羽伏見で没 1860~1868五稜郭で没
主人公 吉村貫一郎(中井貴一) 井口清平衛(真田広之)
年齢 30~34まで 30位か
藩 盛岡南部藩、脱藩し新撰組へ 庄内海坂藩(庄内藩)
20万石藩、戊辰戦争で敗退賊軍 12万石戊辰戦争で敗退賊軍
身分 足軽同心 足軽
収入 ニ駄ニ人扶持(極貧) 五十石(貧乏)
剣術 北辰一刀流免許皆伝 戸田流(小刀)
藩道場の師範代 師範代
太刀 使い込んで痩細った真剣 刀は竹光、脇差のみ真剣
学問 藩校の助教 出納お蔵役
妻 しづ(夏川結衣) 先妻死去、のち朋江(宮沢りえ)
子供 息子2 娘1 娘2 母1
風采 風采全く上がらぬ田舎もの これまた風采はさえない
ぼろ着 月代(サカヤキ)のび放題 ぼろ着 月代のびたまま
口癖 「おもさげなござんす」 「いただけるでがんしょか?」
付合い 給金は全て田舎に仕送り たそがれ時に真直ぐ帰宅
金は使わない、遊ばない 酒席に付合わない
生甲斐 家族を守ること 子供が成長していくのを見る事
家族に生活費を送ること
原作 浅田次郎(1951生) 藤沢周平(1927~1997没)
1997「鉄道員」で直木賞 1973「暗殺の年輪」で直木賞
音楽 久石 譲 冨田 勲
監督 滝田 洋二郎 山田 洋次
いや~驚いた、こうして比較すると、監督の名前が似ている事判明した。
原作者は堂々たる直木賞作家ですから、優れて面白いはずだ。
主人公は正に下級武士であり、生活は貧しい、風采上がらず、
しかし本当は優れた剣客であり、強いのだ。
家族を愛し家族のために、忍従の勤めをしているのだ。
高度成長時代、バブル時代の時代劇は英雄、将軍さま、粋な若殿が
主役だったが、今彼らは姿を消した。もはや共感を得られないのだ。
今は、従来主役に成り得なかった人物、自分の風采などかまわず、
家族のため、生活のため一心不乱に働く、冴えない下級侍が主役に
なる時代なのだ。これは正に不況・リストラ時代のお父さんの姿
そのものだ。正に、おとうさんの底力を見せる映画なのです。
「たそがれ」で感動し、日を置かず「壬生」で同じ感動を味わえた。
邦画万歳、時代劇万歳、お父さん万歳、よし!私も頑張るぞ・・・
・・・本日は長くておもさげなござんした。
投稿情報: 07:00 カテゴリー: 2003 見た映画, み | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)
この映画はあながち日本と無縁ではないのです。
パレスチナ自治政府は、昨年11月カリスマ的指導者(アラファト議長)
が亡くなった。その後つい最近であるが、パレスチナ議会選挙で、
何と!あの過激派「ハマス」が勝利した。
一方イスラエル政府は強硬派であった(シャロン首相)が今年1月、
脳梗塞で危篤に陥いり事実上政治の世界から去った。
映画のはじめに、イスラエル首脳が、主役アヴナー(エリック・バナ)
に暗殺の命令を出すが、イスラエル首相(ゴルダ・メイア)女史と
ともに同席していた陸軍少将が(シャロン)である。
中東戦争を指揮してきた両指導者が舞台から去り、混迷を深める
この時に、パレスチナとイスラエルのテロと暗殺の応酬を題材にして、
あらためて両民族の歴史的紛争と根深い怨念を世に明示した、
スピルバーグ監督の「ミュンフェン」はなかなか意義ある作品と思う。
1972年9月ドイツのミュンフェンオリンピック選手村でイスラエルの
選手11名がパレスチナゲリラ「黒い9月」によって殺害された。
34年前、世界的な衝撃であったはずだが、その事件は、当時の私
(大学生だったが)妙に記憶が薄いのです。何故だろうか?
そうか当時、この事件の前、1970年3月日航ジャンボ「よど号」が
日本赤軍派によりハイジャックされ北朝鮮入国を敢行した。
当時テレビで実況中継され、日本中は大騒動であった。
1972年2月には、引き続き連合赤軍による浅間山荘事件が勃発した。
映画「突入せよ!あさま山荘事件」(2002)で再現されたが、
当時 テレビで実況中継され、テレビにクギ付けとなったものだ。
その後、凄惨な内輪のリンチ事件も続々発覚した。
そして1972年5月イスラエルのテルアビブ空港で連合赤軍の
岡本幸三ら3名が機関銃を乱射し一般市民96人を殺傷した。
いわゆる「テルアビブ空港乱射事件」である。連合赤軍が
「パレスチナ解放戦線」と連携していたゆえの行動であり、
今回の映画はあながち日本と無縁ではないのです。
当時の日本人(私)は連続テロ報道でウンザリし、マスコミも日本人
テロ事件やリンチ事件で手一杯で、同時期に発生したドイツ・ミュン
フェンのオリンピック村テロ事件まで注目していなかったと記憶する。
さてパレスチナ(アラブ)人とイスラエル(ユダヤ)人は何故
憎みあうのか?それはもう紀元前から続いており、異民族とか
異教徒との戦いというよりもはやDNAレベル(天敵)との戦い
になってしまっているのだろう。
なにゆえイスラエル(ユダヤ)人はあの狭い土地パレスチナ
(四国ほどの大きさ)に執着するのか? それは「旧約聖書」に
神からもらったと明記してあるからだ。
ユダヤの英雄(アブラハム)は神から一人息子(イサク)を生贄に
出すことを命じられた。神を畏れるアブラハムは神に従い、剣を
振り上げた時神はゆるされた。そしてパレスチナの土地と一族の
繁栄を約束されたのだ。映画「天地創造」('66)最終章を参考に・・
その後、ユダヤ人はこの地を出たり、戻ったり、征服されたり、
苦難の道を歩む、この辺は映画「十戒」('56)を観るべし。
その後「ベンハー」('59)から、「キングダム・オブヘブン」('05)
「アラビアのロレンス」('63)と他民族に支配されつづける。
果たして、1948年この地にユダヤ民族悲願のイスラエル建国
に至った。ユダヤ人2000年の放浪の旅は終わったが、かわりに
厖大なパレスチナ(アラブ)人が難民となってしまった。
爾後何度もイスラエル対アラブ諸国で中東戦争が勃発するが
イスラエルは連戦連勝の圧倒的勝利で領土を拡大し、圧倒的な
軍事力を保持するに到った。パレスチナ難民はいよいよ居住地
を失い、あるいみパレスチナゲリラは絶望的戦いをしているのだ。
このドラマはイスラエル首脳から「ミュンフェン事件」の報復で
パレスチナ要人11名の暗殺命令をうけた5人の男達が、暗殺を繰り
返す内に、しだいに自分の行為が正義なのか?戦は意義あることか
判らなくなってしまい、最後には国家というものを信用できなく
なってしまう内容だ。
この部分は、今見ている私たちは共感しやすいですけど。
現在から見た視点をスピルバーグと脚本家が無理に追筆して、
メッセージ性を入れた思われる
事実を元にしたドキュメンタリー仕立の映画で映像は
「シンドラーのリスト」('93)と「プライベートライアン」('98)
で訓練済の彩色落し で誠にリアルである。
仲間もカール(キャラハン・ハインズ)やハンスなど渋目の
リアル 俳優を配し、実録性を醸し出している。
プロの殺し屋でない自分がいとも簡単に多くの人を暗殺できた、
アヴナーは自分もまた誰かに簡単に殺されると恐怖感に苛まれる。
情報提供者は逆に情報を売るだろう、依頼人の政府も信じられない。
誰も信じられないアヴナー、恐怖におののくアヴナー、
彼の最後の 拠り所は、やはり「家族のみ」であったというのは、
やはり! スピルバーグ仕立でもありました。
映画の魅力を知り尽くし、作り方を熟知したムービーメーカー
(C・イーストウッド)ならではの秀作!
ジャズギターの爪弾きの音、モーガン・フリーマンの静かで深い声、
ボクシングの何たるかをモノローグするところからこの映画ははじまる。
全編を通じ、このジャズの音色とモノローグが映画に何ともいえぬ
ゆったりした情緒を醸し出していた。
ロスアンゼェルスのダウンタウン、レンガ倉庫に設えた古く小さな
ボクシングジム「ヒット・ビット」、使いこんだボクシング用具と
古いリングがあり、スパークリングに励む男たちがいる、そしてその
片隅でもくもくと一人でアーム・パンチしている女がいた。
そもそもボクシングは男の格闘技である。女も格闘技に参加する時代だが、
顔を狙って殴りあい、鼻を潰しあう格闘技となると女がすべきものでない。
それから試合中は鼓舞の意味も込め、いわゆる「下品ことば」連発の世界、
これはセックスハラスメントの極み、女にとって相応しい場ではない。
この小さなジムの所有者兼トレーナーの老人フランキー・ダン
(クリント・イーストウッド)が女からボクシング・トレーナーを
頼まれても断り続けていたのは上の理由と、女も32と若くなかった。
しかし女マギー(ヒラリー・スワンク)は執拗に食い下がり、また彼女が
時々見せるボシングセンスに惹かれたのか、遂にトレーナーを引き受けた。
果たして、フランキーの指導のもと、めきめきと腕を上げ、結果試合も
連戦連勝、遂に大金を稼ぐミリオンダラー・ベイビーへの道を登り続けた。
そしてチャンピオン・シップ、いよいよタイトルに手というところで・・・
いやぁ~面白い、これぞ映画!
ストーリーは誠にシンプルなのですが、こんなに短い時間で内容が濃密である。
もちろんボクシング試合は迫力満点、スリリングなシーンでワクワクできる。
しかし後半はがらりとテーマが変わり人間の尊厳がテーマとなり、すごく
重いテーマに身体中ふるえました。
つまり前半・後半まったく異なる2本立て映画の様相となっているのです。
さらにフランキーの人生、マギーの家族、雑役夫(M・フリーマン)の人生
が映画の要所に垣間見せ、立派な人間ドラマをつくり出している。
監督は演じる者の、内面的な魂を引き出すかをも、心得ているのです。
この映画を見ていると人間というものは、つまるところ寂しく一人である。
しかし他人であっても、心が通じれば家族同然になれるということか?
原作本を見ておどろいた、なんと短い!F・X・トゥール氏の6篇から
なる短編集からミリオンダラー・ベイビーと他作品からのエピソードを
引用し映画を作り上げたものだ。この作者は若いときから遍歴人生で
なんと50才からボクサーを目指した変わり者、挑戦と挫折の繰り返し、
よって結果は挫折する作品が多いが、今回映画で人生の最期にはベスト
セラー作家となった様だ。2002年昇天されました。
「ミスティック・リバー」に続き、映画の魅力と知り尽くし、映画の
作り方を熟知したムービーメーカー(C・イーストウッド)ならでは
秀作!
アカデミー賞主要4部門独占だったが、今回はイーストウッドさんに
主演男優賞を差し上げても良かったほどの演技と思いましたヨ。
投稿情報: 04:19 カテゴリー: み | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)
最近のコメント