とうとう終焉を迎えました。「マトリックス・レボリューション」
どの映画もそうなのですが、SF世界が究極まで行くと、そこは宗教の
世界に辿り着きますよね。科学と宗教は対極(反対語)でありながら、
終着点は一緒です。よくタイムマシンもので出てくる未来人の衣装が
古代ギリシャの神官みたいなのも、未来ほど神の世界に近い証拠です。
さてマトリックスのマニアで無い私にとって、第一部から、この映画の
見所は斬新な映像でありました。
超コマ撮りとワイヤーアクションとCGを多用し、人間の視覚で見ること
できない領域のアクション映像を作りあげた功績は大であります。現在、
全てのアクション(Bad Boys2など)はこの手法を取り入れております。
この映画で好きなところは、私の住んでいる世界は実は「仮想現実」に
過ぎない。仏教でいう「現世とはほんの一瞬のはかなきもの、夢の如し」
に似ている。その夢を作り出しているのがマシン世界なのです。肝心の
人間は「さなぎマシン」で栽培されているのだ。
人間の幸せが、頭の中の認識に過ぎないならば仮想現実の幸せでも良い!
との考えもあろう。「バニラ・スカイ」の如く惨めな現世を生きるより
仮死状態のまま好きな夢を見る道を選択した人もいる。
私も女房をモニカ・ベルッチにプログラム変更してくれるなら仮想現実を
えらぶかもしれない。
冗談はさておき、第2部「リローデッド」の見所は高速道路アクションと
数々の新しい謎でありました。やっと見つけたキーマンの導きで、苦労
してソースに進入したのに、肝心のネオさんは人類救済よりも、恋人
トリニティー一人の救済を選んでしまった。この意味は?
いままで救世主としてここまで来たのはネオで6番目であった事実?
わざわざ肉感的なモニカ・ベルッチを登場させた意味は?
さて第3部「レボリューションズ」
見所はザイオンでの人間対タコ機械との壮絶な戦いであった。
迫力満点の名シーンだが、しかし映像モードは一昔前の(レイ・
ハリーハウゼン)のコマ撮り特撮に回帰していたのが面白い。
一言でいうと、第2部の出来事はさておき、一挙に手仕舞いへ!
それにしてもスーパーマン化したネオとスミスの果てしない
闘いの結果がどうしてあぁなったのか理解できないままの私!
あの最後の日の輝く絵画の様な世界は現世?仮想現実?
人間は解放されたはずだが、CP電源はどうなるの?
あの太陽はどこから?
マニアでない私の理解を超えた生殺しの状態です。
瓦版専門家の皆さん教えて!
コメント
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