いやぁ~ 映画好きといえ、
そうそう映画ばかり見れず早々にネタギレになりました。
そこで2007年観た映画も 紹介させてくださいませ。
さらに日々公開はいたしませんが 昔観た映画をあいうえ順に、
貼り付けいたしますので読んでいただければ幸いです。
「恐きものは女、強きものは母なり」
をあらためて思い知らされた映画、
もう一つ、今までの映画というものの概念を「捨て去る時代の幕開け」
としての映画、という訳で「ベオウルフ/呪われし勇者」に一言、
「ベオウルフ」(古英語Beowulfベーオウルフ)は英文学最古の作品のひとつ
で、英雄ベオウルフの冒険を語る叙事詩、古英語言語学上も貴重な文献で、
あのJ・R・Rトルーキンが「指輪物語=ロードofリングス」を書く上で
大きな影響を受けた文献との由。
古(いにしえ)の世から女の武器は「妖艶なる色香」であり、男達はその
虜(とりこ)に陥ちて来た。特に王や勇者は「英雄色を好む」の如く美し
き女にはとんと目が無かったのだ。
女の「強み」は子を生むことだ、生み続けることで次の世、次の世と
支配権を保ち続ける事が出来る。逆に何代にもわたり男に復讐すること
も可能であったのだ。
物語は誠に面白い、デン(旧デンマーク)の王(アンソニー・ホプキンス)
の築城祝で賑わう宴の席に、突如として呪われし怪物グレンデルが出現し、
家臣を皆殺にした。しかし何故か王には手を出さずに去ったのだ。
王は世界に向けこの怪物を退治する勇者を求めた。そしてスウェーデンの
勇士ベオウルフ(レイ・ウインストン)が従士を引き連れやって来たのだ。
見事にグレンデルを退治したベオウルフは遂に怪物の母と対決する。しかし
人間の姿に変身し、現われた母親は何と!あの(アンジェリ~ナ・ジョリ~)
しかも素っ裸、見事な裸体に、英雄も我を忘れて即 @@X・・
曲者ビリー・Bソーントンも陥ち、あのブラピさまも陥落させたA・ジョリ
ーですものこの役は正にハマリ役、この映画は彼女で成立したと言える。
さぁ時は経って、ベオウルフはデンの王となり国は栄えた。しかし、
勝利にぎわう宴の席に突如、巨大な竜があらわれ家臣を皆殺しにしたのだ。
呪いの歴史は繰り返すのか?ベオウルフとドラゴンとの一騎打ちになった。
戦いの顛末と「呪いの原因」は 映画を観てのお楽しみです。
さてこの映画、監督はロバート・ゼメキスだが名優A・ホプキンス、
ジョン・マルコビッチ、ブレダン・グリーン、そしてA・ジョリ~と
豪華な役者を揃えていますが、果たしてこれ配役と言えるのか?
私は映画を観るまで知らなかったのですが、これ実写でなかったのです。
つまりコンピューターグラフィックのデジタルアニメだったのです。
「パーフォーマンス・キャプチャー」という革命的映像技術である。
役者の体に多数のセンサーをつけて、動き(パントマイム)をしてもらい、
それをコンピューター記録しておいて、後から好きななシーンで引き出し、
合成使用するというものだ。
え~あのA・ジョリ~の豊かな胸も尻も全てアニメ(マンガ)だったのか!
そう言えば主役のレイ・ウインストンは 前作「キング・アーサー」'04
までは太ったオッサンだったのに、今作はスリムで超・格好良かったし、
マルコビッチは逆にいつもの悪の強さがどうも感じられなかったはずだ。
この方式だと、役者の動きを一旦記録すると、あとは寝ていても映画が
完成する。昔の映画から行動パターンを抽出すれば、往年の名優達に
よる新作も可能である。俳優は出演料でなく映像権料ということになろう。
衣装もセットも不用、製作期間も飛躍的に短縮でき、超コストダウンの
世界となろう。
果たしてこれは映画の「革新」なのか?むしろ「革死ん」と思った次第。
映画というのは「人間のおろかさや、生臭い人間模様を」見せるもの、
よって映画の出来は生身の役者の演技力で決まる、コンピューター・
グラフィックなど、あくまでツールに過ぎないのにネ
生身の役者の演技が観たければ、舞台演劇に行かねばならない時代が
来るかもしれませんネ。
渡り鳥のシーズン 鳥インフルエンザに気をつけてお過ごし下さいませ。
コメント
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